ここのところ急に気温が下がったせいか、またネガティブシンキングが活発化中です。
自分が画を描いているのはコミュニケーションスキルの不足に対する代償行為に過ぎないのではないか、とかなんとか。昔から何度も考えたことで、いまさらそんなことを言ったところでどうということもないのですが、まあやっぱり考えてしまうのですよ。
どうせ恥の垂れ流しなのでその辺の経緯を書いてみましょう。
確かに、私が画を描き始めた中学生の頃、私はある種の不適応状態でした。それまでいわゆる「優等生」的にやってきた私にとって、中学生活はままならぬことの連続であり、その現実を受け入れるのは容易ではありませんでした。
そこで、現実のコミュニケーションに代わり自らが居心地のいい虚構の世界を作り上げ、それに耽溺するために画を描き始めたのです。
…などというのはあまりに図式的で、所詮後知恵に過ぎませんが、しかしまったくハズレというわけでもないでしょう。事実、その当時の友人の数というのは数えるほどでしたし、ネクラな自分というのを殊更に強調して敢えて人を遠ざけていたところもありました。今思えば幼い対処法ですが、まあ当時の私にとっては死活問題だったのです。
で、現実からの緊急避難的に画を描き始めたまではよかったのですが(よかった?)、もともとコミュニケーションの下手な自分は、同好の士が集う「同人」という場にも自らを投入することが出来ず、発表の場もないままダラダラと未完成の画ばかりを描きつづけていました。無意味にオリジナル志向ばかりが強く、実現不可能な物語の企画ばかり考えていた私にとって、アニパロが趨勢だった同人の場では何を話してよいのかもわからず、疎外感を強める一方だったわけです。ここで自らを変革しようとする努力をしていれば、今頃はエロ同人誌の執筆に追われて忙しい日々を送っていたのかもしれませんが(笑)、あいにくそうはなりませんでした。
結果としてこの代償行為は、このホームページ以上の成果を、何一つ上げることはなかったのでした。
私の青春は、この無意味な代償行為にそのほとんどを捧げたのです。
他に何かもっとやることがあったろうに、よりにもよって発表の場もない物語の企画や画に無駄なエネルギーが惜しげもなくつぎ込まれたのです(この辺りの経緯は「ドクハク」を読まれた方ならお分かりと思います)。
ああ、なんという浪費!
ま、そもそもはその都度適切な対処をしなかった私が悪いわけで、その責めはすべて私が負うべきものですし、事実ツケは確実に回ってきています。
それにしても、未だにこの代償行為が続いているということは、はっきり云って驚嘆に値します。10年以上にわたって私が問題に何ら本質的な解決を与えていないということの、それは証左なのですから。
私の四角四面の自画像は、永きにわたり何事をも解決し得なかった、固陋の貌(かお)なのです。
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