強固なロジックの無限の反復

2002年10月22日(Tue) 曇

ラットレース

 例のややこしい文章のテーマにも微妙に関連するんですが。

 この歳(28歳)で未だに彼女がいないということは恥ずべきことなのでしょうか?

 これは昨年あたりからずっと考えているのですが、同年代の人間と話すときに私が感じる温度差というのはどうもこの辺りに起因するようなのです。同年代の人たちは恋というものに対して私よりもずっと旺盛な意欲を持ち合わせているようです。私から見ればカップリングというラットレースに追い立てられているようにも見えます。私もその圧力に一時感化されかけたのですが、しかしこうして強固なロジックの無限の反復の中に身を置いている今、冷静に考えると「自分はそれほど彼女がほしいと思っているわけではない」という事実に突き当たります。
 いないと寂しい?
 寂しいには違いありませんが、今までもそうでしたから別にどうということもありません。むしろ今までなかったものに接する時に如何にエネルギーを割かねばならないかを考えると夜も眠れなくなりそうです。
 男として体面が悪い?
 ま、いい歳した男が未だに童貞だなどと告白するのはカッコのいいことではありません。しかしそれも所詮は審美感の問題に過ぎないでしょう。どうせ人間なんていくら偉そうにしてたって大したもんじゃないんですから。それに体面を保つためにつきあう、というのは何か間違っているような気がします。相手にも失礼ではないでしょうか。

 彼女がいなければならない積極的な理由を見出せない以上、それを追い求めるエネルギーが希薄なのはやむを得ないことだと私は思うのですが、このような考え方はなかなか理解されないように思います。特に同年代の人からは。

 彼女がいる、ということはそんなに偉いことなのか。
 彼女がいない、という事実は人間としての品位を貶めるものなのか。

 わかってます、こんな詭弁はもてない男のルサンチマンに過ぎない、と。
 しかし、彼女がそれほどほしいわけではない、というのは事実ですし、これからも余程のことがない限りその考えが修正されることもなさそうです。
 ですから、私は宣言することにしました。
 私はカップリングのラットレースから早々に戦線離脱をします。
 やりたい人が勝手にやってください。
 私はそちら方面にエネルギーを割くほどには成熟できておりませんので。
 ご祝儀ならなんぼでも出しますから。

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