強固なロジックの無限の反復

2004年1月28日(Wed) 晴

エクスキューズ

 先日遂に画をやめてしまったわけですが、長年続いた習慣を止めたときの空虚感が特にないというのには参っています。
 一体自分はなぜ画を始めたのだったか、その理由を前からずっと思い出そうとしてきたのですが、どうもはっきりとしません。別に画が描きたくて仕方なかったというわけではなかったような気がするし、そうなるに至った強烈なインパクトも特にあったようには思えません(始めてからは個別の過程で十分にインパクトを受けたことはあったのですが)。
 そう考えてみてふと思い当たるのは、「外的な要因」です。
 画を描く、という方向にしむけられた出来事があったのです、そういえば。話が長くなりますぞ。

 中学校の頃、典型的不適応児であった私は、体育系のクラブを半年で辞めてぶらぶらしていました。そんな私の受け皿となったのが「造形部」というクラブ活動。
 これは陶芸が中心だったのですが、たまたまSという男がそこにいたことがどうも私にとって大きなインパクトだったようなのです。彼は余った粘土でちまちまとロボットを作って遊んでいたのです。これに心動かされた私は、同じ時期にやはり体育系のクラブからはじき出された同級生Kを伴って造形部に入部したのです。
 で、2年生の間は割と平和に過ごしたのですが、3年になって造形部の顧問が替わり、名称は「美術部」に、そして活動も絵画中心へと変わったのです。当初反発したりもしましたが、とにかく素材(粘土)を取り上げられたので仕方がありません。やむを得ずちまちまと落書きをすることになった、というのがそもそも私が画を描き始めたきっかけだったように思います。

 そう、「仕方なしに」始めたんですね。
 その割にはずいぶん長く続いたなあ、と自分を褒めてやりたい気もしますが(笑)、結局他に自分を表現する手段がなかったんでしょう。
 まあきっかけなどというのは得てしてそんなものかもしれません。きっかけそのものが重要なのではなくて、その対象にいかにのめりこんだか、いかに関わったかが重要なのです。また、関わった期間ではなくてその密度が重要なのだとも思います。
 私が画をやめるに至ったのは、結局自分をおろそかにしていたからではないかと、やめた今は思います。「自分はこれがやりたいのだ」と断言する勇気がなかったんですね。断言することで自分の可能性を限定してしまうことが怖かったんでしょう。本当は以前にも書いたように(*)そうして可能性を留保しつづけることが逆に可能性を狭めていたというのに。
 好き嫌いの基準を自分の中にはっきり持てるようになってきたのはここ最近のことです。例えばクルマは好き、その中でもコンパクトカーは好き、ミニバンは嫌い、というように。嫌いなものと無理して付き合う必要はないし、好きなものに理由を求めなくても別に困りはしない、ということに遅まきながら気付いてきました。やっとこ自分に向き合う用意ができたようです。
 まあ、その結果画をやめるというネガティブな結果にはなったわけですけれども。
 別に画を描くことが嫌いなわけではないのです。ただ、どうも人物を…特に少女を描くことにうんざりしているようです。自分は恋愛に不向きな男である(*)ということを自覚したことと、もしかしたら無関係ではないかもしれません。
 まあこのテーマはいずれ深めるとして、今日のところはとにかくエクスキューズに終始します。

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